>





優しくて穏やかな日々は

瞬く間に

跡形も無く消え去ってしまった


































満月が綺麗。

しばらく雲が空を覆っていた日が続いたものの、

今晩の夜空には雲ひとつ無い。

漆黒の空に唯一つ輝く月は、

美しくて、妖しかった。

窓からそんな満月をぼーっと眺めていた宗次郎は

玄関から物音がするのに気付いた。

ドンドンドン!!

戸を乱暴に叩く音。

その奥で数人、いや数十人の男の焦ったような声も聞こえた。

すぐそばで裁縫をしていたもそれに気付いたようで、

「は〜い、すぐ行きます。」

と言うと持っていた針を針山に刺し、

よっと腰をあげて戸口へ向かった。

―誰だろう?珍しいなぁ。

宗次郎は一応姿を見られてはいけない身なので、

こちらの姿が見えないよう物陰に移動した。

当の志々雄は隣の部屋でくつろいでいる。

かなり長い間この家に居座っているが、来訪者は初めてだ。

そんな客人を待たせまいと慌てて草履を履き、は戸を開けた。

「お待たせしました。・・・!?」

無理も無い。

戸口に立っていた男達はみな武士のようで、全員帯刀していたからだ。

ただならぬ雰囲気にいつも人のいい笑顔を絶やさない

思わず顔を強張らせていた。

「あの、何か御用でしょうか・・・?」

「用があるからここに来ている。」

つい当たり前の質問をしてしまった

ぴしゃりと一番偉そうな男の厳しい答えが飛ぶ。

「御用とは?」

「しらばっくれるな。言わずとも分かっておるのだろう?」

当のは何がなんだかわからない、といったような表情を浮かべている。




―!?



次の瞬間、の肩から一直線に鮮紅が走った。




どさっという音とともに体が崩れ落ち、血が辺りに飛び散る。



さんっ・・・!



「政府の反逆者を匿った罪は重いぞ。」

男は刀にべっとりと付いた血を払うように一振りした。

足元に横たわっているはぴくりとも動かない。

「探せ!この家のどこかに志々雄真実が潜んでいるはずだ!!」

うしろに控えていた男達が一気に家に入ってくる。



―助けて



―誰か、助けて



身動き一つできない。怖い。

ふと、志々雄の言葉が頭の中をよぎった。





『所詮この世は弱肉強食』





―前と同じ

宗次郎は志々雄のいる部屋まで走っていた。

男達がそれに気付いた。





『強ければ生き』





「志々雄さん!」

荷物の中から脇差を取り出す。

「来たか・・・。」

ふすまの外を見つめる赤い瞳には鋭い光があった。

志々雄もまた、愛刀に手をかける。

そしてふすまを勢いよく開け、男達が襲い掛かってきた。





『弱ければ』





宗次郎はぎゅっと脇差の柄を握り締める。

―だけど

刀を振り上げる男を怯むことなく見据える。

―僕はもう弱くない。




『死ぬ。』





宗次郎が抜刀した瞬間、

男の首が飛んだ。

断末の叫び声が宗次郎の耳をさす。

そして次々とやって来る刺客たちも同じように

赤い血溜まりに伏せていった。



































「・・・さん、起きてくださいよ。」

もう冷たくなった体ををやや強引に揺すった。

「・・・もう怖い人もいません。大丈夫ですよ。」

物言わぬにそれでもなお宗次郎は話しかける。

そばにいた志々雄が何か言おうとした時、

宗次郎の大きな瞳から大粒の涙が零れだした。

「死んでるなんて・・・嘘でしょう・・・?」

大きく見開かれた真っ黒な目には以前のような輝きはなく、

ただ虚ろにどこか遠くを見ている。

もう、前みたいに僕を見てくれないんだ。

「さっきまであんなに・・・。」

笑っていたのに?

「っ・・・ううっ・・・。」


















・・・何デ僕ハ泣イテルノ?

『辛くたって、苦しくたって、笑ってさえいれば・・・。』

そうだよ、笑ってさえいれば楽なんだ。

僕がそう自分で志々雄さんに言ったじゃないか。

だってこのままじゃ、

痛くて、苦しくて、悲しくて、心が、潰れそう。

でも、耐えてきたじゃないか

どんなに憎かった時も、苦しかった時も

悲しかった時も。

だからほら、笑え。

笑うんだっ・・・。

心の奥底で何かが消える、音がした。



































「簡単に答えを出させてくれないなんて、志々雄さんよりずっと厳しいや・・・。」

ああ、そっか。分かった。

僕が弱肉強食を信じてる理由。

あのときあの人たちを殺したのは

僕が生き延びるためだって

あのときさんが死んだのは

ただ弱かったからだって

そう信じたかったから

けど本当は





守れなかったっていう後悔から




逃げてただけだったんだ









あのとき必死で押し込んだ涙が

十年の時を経て宗次郎の頬を伝った。


















や、やっと終わった・・・!

自分で書いといてなんですが、

ホントはもっと短い予定だったんです(汗)

それがいつの間にかこんな膨大な量に・・・!(汗)×2


最後まで読んでくださった皆様、

ありがとうございますm(__)m


・・・そしてお疲れ様です(笑)空白多すぎだよアンタ。


2007.7.28